自己位置推定入門 — 「地図のどこにいるか」を知る
自動運転車が走り出す前に、まず解かなければならない問いがあります。「自分はいま、地図のどこに、どちらを向いているのか」。GPSがあるから簡単? — 実はGPSだけでは車線ひとつ分も保証できません。誤差が溜まる様子と、それを縮める工夫を動かしながら見ていきます。
1. なぜ「数十cm」の精度が要るのか
認識→予測→計画→制御という自動運転のパイプラインは、すべて「自車の位置と向き」を前提に動きます。高速道路のレーン幅は約3.5m、車幅は約1.8m。左右の余白は片側1mもありません。つまり自己位置が1mズレると、車線の中央を保つという最も基本的な仕事すら成立しないのです。
POINT — レーンレベル精度
自動運転の自己位置推定の目標は、一般に誤差10〜30cm程度(レーンレベル精度)。民生GPS単独の誤差は数m — 桁がひとつ足りない。この差を埋めるのが本章のテーマ。
使える情報源は大きく3つ。それぞれ得意と苦手がきれいに分かれています。
| 情報源 | 何を測る | 得意 | 苦手 |
|---|---|---|---|
| オドメトリ / IMU(内界センサ) | 車輪の回転・加速度・角速度から「動き」を積算 | 滑らか・高頻度・どこでも使える | 誤差が溜まり続ける |
| GNSS(GPSなど) | 衛星電波から絶対位置 | 誤差が溜まらない | 1点1点が粗い・ビル街で乱れる |
| ランドマーク観測 | 地図にある目印(標識・信号・白線)との相対位置 | 高精度(cm級も可能) | 目印が見えるときしか使えない |
2. 動きを足し込む — オドメトリとデッドレコニング
車輪の回転数が分かれば進んだ距離が分かり、左右輪の回転差やジャイロから向きの変化が分かります。これを積算して現在地を求める方法をデッドレコニング(推測航法)と呼びます。
xt+1 = xt + v Δt cos θt yt+1 = yt + v Δt sin θt θt+1 = θt + ω Δt
車輪から得た速度 v と角速度 ω をひたすら足し込む。測定に混ざった小さな誤差も一緒に足し込まれ、二度と消えない
下のデモは、周回コースを車輪オドメトリだけを頼りに走る車です。タイヤの空気圧や路面のすべりによるわずかな誤差が、どう育っていくかに注目してください。
デッドレコニングの誤差蓄積 — 1周でどれだけズレるか
緑=真の軌跡、オレンジ=車輪オドメトリだけの推定。楕円は「本当はこの範囲のどこかにいるはず」という不確かさ(2σ)で、走るほど育ちます。ノイズを変えてリセットし、1周後のズレを見比べてみてください。わずか数%のノイズでも数mズレます。
注意 — 誤差は距離に比例して蓄積する
特にたちが悪いのは向き(θ)の誤差。1°向きを間違えたまま100m走ると、それだけで約1.7mの横ズレになる。デッドレコニングは「短時間なら極めて正確、長時間では必ず破綻」する情報源であり、外から答え合わせをする仕組みが必須になる。
3. 空からの答え合わせ — GPS単独の限界
誤差が溜まらない代表選手がGNSS(GPS・みちびき・Galileoなど)です。ただし民生の単独測位の誤差は、開けた場所でもσ=1〜数m。そして相手は幅3.5mのレーンです。測位点がどれくらい「隣のレーン」に飛んでしまうか、見てみましょう。
GPS測位のばらつき vs レーン幅3.5m
点は1回ごとのGPS測位(古いほど薄い)。車は中央レーンにいるのに、σ=2mでもかなりの割合が自レーンの外に落ちます。「都市部」をONにすると、ビル反射で電波が遠回りするマルチパスによる大外れ値が混ざります。
POINT — GPSは「アンカー」、単独では「舵」にならない
GPSの価値は長期的にズレないこと。1点1点でレーンを判定するには粗すぎるが、デッドレコニングの溜まった誤差を引き戻す錨(アンカー)としては極めて優秀。さらにビルの谷間・トンネル・高架下では、そもそも受信自体が途切れることも忘れてはいけない。
4. 目印で引き締める — ランドマーク補正
3本目の柱がランドマーク観測です。標識・信号・白線などの位置が地図に載っている目印をカメラやLiDARで見つけると、「あの標識がこの角度・距離に見える → 自分はここにいるはず」と逆算できます。溜まった誤差を、観測のたびにキュッと縮められるのです(この「不確かさを観測で更新する」考え方はベイズの考え方そのものです)。
ランドマーク補正 — 観測のたびに不確かさが縮む
楕円=現在の位置不確かさ(2σ)。走っている間はじわじわ育ち、位置が既知の標識・信号を観測した瞬間に縮みます。下のグラフはσの推移 — のこぎり波の「歯の高さ」が、標識の間隔でどう変わるかを見てください。
POINT — 補正は「こまめに」が正義
不確かさは観測と観測の間に育つ。だから同じ数のランドマークなら、まとめて見えるより等間隔にこまめに見えるほうがずっと効く。実際の自動運転車が白線・縁石・標識など「そこら中にある目印」を総動員するのはこのため。
5. まとめ — 三本柱は補い合ってこそ
- オドメトリ / IMU:滑らかで高頻度。ただし誤差が距離とともに蓄積し、単独では必ず破綻する。
- GNSS:誤差が溜まらない絶対位置。ただしレーン判定には粗く、都市部ではマルチパスや遮断に弱い。
- ランドマーク:観測のたびに不確かさをリセットできる高精度の目印。ただし見えるときだけ。
- 三者は弱点がきれいに相補的。「どう混ぜるか」が次章のテーマ(カルマンフィルタによるセンサフュージョン)。
一歩先へ — HDマップと相対位置推定
実際の自動運転車の多くは、白線・縁石・標識・信号までcm級で記録したHDマップ(高精度地図)を持ち、センサで見えた特徴と地図を照合して「地図に対する相対位置」を推定する。緯度経度そのものより「このレーンのどこか」が分かれば運転はできる — 発想を絶対位置から相対位置へ切り替えたことが、レーンレベル精度を実用にした鍵だった。一方でHDマップは整備・更新コストが重く、「地図に頼らない自動運転」との間で今も設計思想が分かれている。