軌道予測 — 他者の数秒先を読む

認識が「いま世界に何がいるか」を答えるのに対し、予測は「それらが数秒後にどこにいるか」を答えます。未来は1本ではありません。物理モデルの外挿から、確率つきのマルチモーダル予測、そして他者どうしの相互作用まで、動かしながら理解します。

1. 物理モデルによる外挿 — 等速直線予測とその限界

もっとも素朴な予測は、いまの位置と速度ベクトルをそのまま未来へ伸ばす等速直線モデル(CV: Constant Velocity)です。運動方程式だけで書けるので軽くて頑健、そして0.5〜1秒程度の短期ならかなり正確です。物体は急には曲がれないからです。

x̂(t+τ) = x(t) + v(t)·τ 現在位置 x に現在速度 v を τ 秒ぶん足すだけ。等加速度(CA)や旋回を仮定する CTRV などの兄弟モデルもある

問題はその先です。下のデモの他車は交差点を右折しますが、CV モデルは「直進し続ける未来」しか出せません。予測ホライズン(何秒先まで予測するか)を伸ばして、実軌跡との乖離がどう広がるか見てください。

等速直線予測の限界 — 右折車を「直進」と予測してしまう
緑=この後の実軌跡、橙の破線+扇形=等速直線予測とその不確かさ(時間の2乗で成長)、赤=ホライズン先端での予測誤差。旋回中はホライズンが長いほど誤差が爆発し、右折を終えて直進に戻ると再び当たるようになります(1 m ≈ 10 px)。
POINT — 短期は物理、長期は意図 予測誤差はホライズンにほぼ2乗で効いてくる。実務では「1秒先までは物理モデル、3秒以上先は意図(どの経路を選ぶか)の推定が支配的」と層を分けて考える。衝突回避の最後の砦(AEB など)が物理モデルで動くのは、短期では物理が最も信頼できるからだ。

2. 未来は1本ではない — マルチモーダル予測

交差点に近づく車の未来は「直進」「右折」「左折」など複数のモードを持ちます。現代の予測器は、モードごとの軌道と確率のセットを出力し、観測が増えるたびに確率を更新します。これはベイズ更新そのものです。

P(意図 | 観測) ∝ P(観測 | 意図) · P(意図) 事前確率 P(意図) はウィンカー・車線・地図などから。尤度 P(観測|意図) は減速やハンドル操作が各意図とどれだけ整合するかで決まる
マルチモーダル予測 — 3本の未来と確率の収束
3本の軌道の太さ=確率。車が進むにつれ、まず減速で「直進」の確率が下がり(ただし右左折はまだ五分)、ハンドルを切った瞬間に「右折」へ収束します。ウィンカーを点けると、動き出す前から右折の事前確率が高くなることに注目。
注意 — 「平均の未来」は最悪の予測 右折60%・直進40%のとき、2つの軌道を加重平均すると「交差点の真ん中を斜めに進む」というどのモードでもない軌道ができてしまう。単一の予測値に潰すのではなく、モードを分けたまま計画側に渡すことが安全上決定的に重要。計画器は「両方の未来に対して安全な行動」を選ぶ。

3. 予測は連鎖する — 相互作用の予測

交通参加者は互いに影響し合います。歩行者が横断歩道に近づけば対向車は減速するはずで、対向車が減速するなら自車の右折計画も変わる — 予測は1台ずつ独立には解けず、相互作用の連鎖として解く必要があります。

相互作用の連鎖 — 歩行者 → 対向車 → 自車の計画
歩行者を横断歩道へ近づけると P(渡る) が上がり、対向車の予測が「等速で通過」(点の間隔が一定)から「減速して停止」(間隔が詰まる)へ切り替わります。すると自車(右折待ち)の計画も「待機」から「右折実行」へ波及。1人の歩行者が2台の車の未来を変えます。

この連鎖をまじめに解くと「自車の行動が他車の行動を変え、それがまた自車に返る」というゲーム的な構造になります。予測と計画を完全に分離できないのはこのためで、近年は両者を同時に扱う共同予測(joint prediction)や、自車の行動候補ごとに他者の反応を予測する条件付き予測が使われます。

4. 地図は強力な事前知識 — レーンが未来を絞る

車は原則としてレーンに沿って走ります。つまり HD マップのレーングラフ(レーン中心線とその接続関係)が分かれば、物理的にありうる無数の未来のうち、現実的な候補は「いま居るレーンから到達可能なレーン列」数本に絞られます。マルチモーダル予測のモードとは、多くの場合このレーン列の選択肢のことです。

一歩先へ — 学習ベース予測の現在 実際の量産・研究システムでは、レーングラフや周辺車両をベクトル列として符号化し(VectorNet 系)、Transformer で相互作用ごと丸ごと学習する予測器が主流。複数の未来はアンカー軌道の分類+回帰や、近年は拡散モデルでサンプリングとして表現される。それでも出力の形は本章と同じ「複数の軌道+確率」であり、下流の計画器がそれを消費する構図は変わらない。

5. まとめ