軌道予測 — 他者の数秒先を読む
認識が「いま世界に何がいるか」を答えるのに対し、予測は「それらが数秒後にどこにいるか」を答えます。未来は1本ではありません。物理モデルの外挿から、確率つきのマルチモーダル予測、そして他者どうしの相互作用まで、動かしながら理解します。
1. 物理モデルによる外挿 — 等速直線予測とその限界
もっとも素朴な予測は、いまの位置と速度ベクトルをそのまま未来へ伸ばす等速直線モデル(CV: Constant Velocity)です。運動方程式だけで書けるので軽くて頑健、そして0.5〜1秒程度の短期ならかなり正確です。物体は急には曲がれないからです。
問題はその先です。下のデモの他車は交差点を右折しますが、CV モデルは「直進し続ける未来」しか出せません。予測ホライズン(何秒先まで予測するか)を伸ばして、実軌跡との乖離がどう広がるか見てください。
2. 未来は1本ではない — マルチモーダル予測
交差点に近づく車の未来は「直進」「右折」「左折」など複数のモードを持ちます。現代の予測器は、モードごとの軌道と確率のセットを出力し、観測が増えるたびに確率を更新します。これはベイズ更新そのものです。
3. 予測は連鎖する — 相互作用の予測
交通参加者は互いに影響し合います。歩行者が横断歩道に近づけば対向車は減速するはずで、対向車が減速するなら自車の右折計画も変わる — 予測は1台ずつ独立には解けず、相互作用の連鎖として解く必要があります。
この連鎖をまじめに解くと「自車の行動が他車の行動を変え、それがまた自車に返る」というゲーム的な構造になります。予測と計画を完全に分離できないのはこのためで、近年は両者を同時に扱う共同予測(joint prediction)や、自車の行動候補ごとに他者の反応を予測する条件付き予測が使われます。
4. 地図は強力な事前知識 — レーンが未来を絞る
車は原則としてレーンに沿って走ります。つまり HD マップのレーングラフ(レーン中心線とその接続関係)が分かれば、物理的にありうる無数の未来のうち、現実的な候補は「いま居るレーンから到達可能なレーン列」数本に絞られます。マルチモーダル予測のモードとは、多くの場合このレーン列の選択肢のことです。
- 候補生成:レーングラフを辿って到達可能な経路を列挙(直進・右折・左折・車線変更…)
- スコアリング:各候補に対し、現在の速度・横位置・ウィンカーなどとの整合性から確率を付与
- 軌道生成:選ばれたレーン列に沿って、速度プロファイル込みの滑らかな軌道を出す
5. まとめ
- 物理モデル(CV など)は短期に強く、長期では意図を捉えられず破綻する。
- 未来は複数ある。軌道+確率のマルチモーダルで表し、平均に潰さない。
- 観測(減速・操舵・ウィンカー)で確率をベイズ更新し、1つに収束していく。
- 予測は相互作用の連鎖。歩行者1人が複数の車の未来を変え、自車の計画にまで波及する。
- 地図(レーングラフ)は未来の候補を数本に絞る最強の事前知識。