行列は変換である — 空間の格子を歪ませる機械

行列を「数の表」と思っているうちは何も始まりません。2×2 の行列は平面全体をまるごと変形させる機械です。格子が回り、伸び、斜めに流れる様子を動かしながら、「行列 = ベクトルの写像」という見方を手に入れます。

1. 行列はベクトルを写す「機械」

2×2 行列 A にベクトル x を入れると、新しいベクトル Ax が出てきます。計算ルールは「行と列の内積」。前回の内積がここで早速働きます。

Ax = a  b
c  d
x
y
= ax + by
cx + dy
上の成分 = 1行目 (a, b) と (x, y) の内積、下の成分 = 2行目 (c, d) と (x, y) の内積

この計算をもう一度、今度は列に注目して並べ替えてみると、行列の正体が見えます。

Ax = x × a
c
 +  y × b
d
Ax は「列ベクトルの線形結合」。つまり基底 e₁=(1,0) は第1列へ、e₂=(0,1) は第2列へ移る

つまり行列を決めることは「e₁ と e₂ の行き先を決めること」。この2本の行き先が決まれば、平面上のすべての点の行き先が芋づる式に決まります。下のデモで4つの成分を動かして、格子ごと変形する様子を見てください。

格子の変形 — 4つの数字が平面全体を操る
薄い格子=変形前、青い格子=変形後。色付きの正方形は単位正方形の行き先です。オレンジの矢印が e₁ の行き先 (a, c)=第1列、水色が e₂ の行き先 (b, d)=第2列。スライダーと矢印の対応を確かめてください。
POINT — 行列は「列」で読む 行列を見たら、行ではなくまず列を縦に読む癖をつけよう。「第1列 = e₁ の行き先、第2列 = e₂ の行き先」。この読み方ひとつで、初めて見る行列でも「どんな変形か」が数字から想像できるようになる。

2. 変換ギャラリー — 数字と動きの対応

代表的な変換を並べてみると、行列の各成分が「どこを担当しているか」が見えてきます。ボタンで切り替えて、行列の数値と格子の動きの対応を確かめてください。

変換ギャラリー — 回転・拡大縮小・せん断・反射・射影
緑の旗の形に注目。回転・拡大では形が保たれ、せん断では斜めに流れ、反射では旗が裏返り、射影では x 軸の上にぺしゃんこにつぶれます。反射・射影は行列が固定なのでスライダーは無効になります。

3. 合成すると積になる — 順番が命

変換 B をかけてから変換 A をかける — この「連続技」をひとつの行列にまとめたものが行列の積 AB です。

(AB)x = A(Bx) 右にある B が先、左の A が後。「x に近い方から順に作用する」と覚える

では「回転してからせん断」と「せん断してから回転」は同じでしょうか? 下のデモで2段階のアニメを見比べてください。

合成の順番実験 — 回転→せん断 vs せん断→回転
左=先に回転 R、次にせん断 S(合成は S·R)。右=先にせん断 S、次に回転 R(合成は R·S)。同じ2つの変換なのに、順番を変えると最終結果がまるで違うことに注目。下に表示される積の行列も左右で一致しません。
注意 — AB ≠ BA(積は交換できない) ふつうの数と違って、行列の積は順序を入れ替えると別物になる。「服を着てから靴を履く」と「靴を履いてから服を着る」が違うのと同じで、変換の合成には順序がある。数式で AB と書いたら「先に B、後から A」— この読み順だけは体に叩き込んでおこう。

4. ニューラルネットは行列のリレー

この「ベクトルを入れると変形されて出てくる機械」という見方は、そのまま AI の中身につながります。ニューラルネットワークの1つの層がやっている計算は、まさにこれだからです。

h = f(Wx + b) W = 重み行列(今日の主役)、b = バイアス、f = 活性化関数。層を重ねる=行列の変換をリレーする

多層パーセプトロンでは、入力ベクトルが「行列で変形 → 少し曲げる(活性化)」を何度もくぐり抜けて答えに変わっていきます。数百万×数百万の巨大行列でも、やっていることは今日の 2×2 と同じ「空間の変形」。また画像の回転・拡大も、今日のギャラリーで見た行列そのものが画素の座標に作用しています。

5. まとめ

一歩先へ — 変形の「量」と「軸」 格子の変形には、まだ言葉にしていない2つの重要な量が隠れている。単位正方形の面積が何倍になったか(行列式)と、変形しても向きの変わらない特別な方向(固有ベクトル)だ。射影のように面積が 0 につぶれる変換は元に戻せない — この直感が逆行列の存在条件そのものになる。