行列式と逆行列 — 面積の拡大率と、巻き戻しボタン
行列は空間を変形する装置でした。ではその変形で、面積は何倍になる?——答えを1つの数で言い当てるのが行列式 det。そして det が 0 でない限り、変形には逆行列という「巻き戻しボタン」が付いてきます。つぶれたら最後、もう戻せない。その一部始終を動かして確かめます。
1. 行列式は「面積の拡大率」
「行列は変換である」の回で見たとおり、2×2 行列は平面の格子をまるごと歪めます。このとき面積 1 の単位正方形は、行列の2つの列ベクトル (a, c) と (b, d) が張る平行四辺形に写ります。その平行四辺形の符号付き面積こそが行列式 det です。
下のデモで a, b, c, d を動かしてみてください。det の値と平行四辺形の面積が常に一致すること、そして det が負になると図形が「裏返る」ことが見えます。
2. det = 0 — 平面が1本の直線につぶれる瞬間
det = ad − bc = 0 とは、2つの列ベクトルが一直線上に並んでしまったということ。張れる平行四辺形の面積は 0 になり、2次元の平面全体がたった1本の直線に押しつぶされます。
下のデモでは、行列を「健全な行列」から「det = 0 の行列」まで連続的に変化させます。注目してほしいのは、別々の場所にいた点 P と Q が同じ点に重なる瞬間です。
3. 逆行列 = 変換の巻き戻しボタン
行列 A の変形を正確に打ち消す行列を逆行列 A−1 と呼びます。定義は A−1A = AA−1 = I(単位行列=何もしない変換)。「A で歪めて、A−1 で巻き戻すと、格子が完全に元へ戻る」——この往復を目で確かめましょう。
式の先頭に 1/(ad − bc) が立っていることに注目してください。det = 0 なら分母が 0 になって式が崩壊する——「つぶれたら戻せない」が、式の顔つきにもそのまま現れています。そして det が 0 に近いだけでも成分は巨大になり、わずかな誤差が何十倍にも増幅されます(数値計算で悪名高い「条件数が悪い」状態の入り口です)。
4. 連立方程式 — det は「解けるかどうか」の判定器
逆行列の最大の使いどころが連立1次方程式です。2本の方程式
cx + dy = e は、行列を使えば Ax = b と1行で書ける。A = 係数行列、b = 右辺のベクトル
幾何的には1本の方程式=1本の直線で、解=2直線の交点。係数行列の det が 0 でなければ2直線の傾きは異なり、交点はちょうど1つに決まります。det = 0 だと2直線は平行——ずれていれば解なし、ぴったり重なれば解が無数です。
5. まとめ
- 行列式 det:変換による面積(体積)の拡大率。符号は向き(負なら裏返り)。2×2 では det = ad − bc。
- det = 0:平面が直線(あるいは点)につぶれ、異なる入力が同じ出力に重なる。情報が失われるため逆行列は存在しない。
- 逆行列 A−1:変換の完全な巻き戻し。det ≠ 0 のときだけ存在し、det が小さいと成分が巨大化して数値的に不安定。
- 連立方程式 Ax = b:解は2直線(超平面)の交点。det ≠ 0 ⟺ 解がただ1つに決まる。
inv(A) @ b ではなく solve(A, b) が正解。逆行列そのものが必要になる場面は、実は驚くほど少ない——「A⁻¹ は概念として理解し、計算としては避ける」が数値計算の常識です。