量子ビットとブロッホ球 — 状態を 1 本の矢印で描く

量子ビット 1 個の状態は、球面上の 1 点(=1 本の矢印)で完全に描けます。緯度が「0 と 1 の配合」、経度が「位相」。θ と φ を回しながら、振幅・確率・位相のつながりを手で掴みましょう。

1. 量子ビットの正体 — 2 つの複素数

前のレッスンでは量子ビットを「矢印」と呼びました。その数学的な正体は、|0⟩ と |1⟩ という 2 つの基本状態につく、2 つの複素振幅です。

|ψ⟩ = α|0⟩ + β|1⟩ α, β は複素数。正規化条件 |α|2 + |β|2 = 1(確率の合計が 1 になるため)
POINT — ボルンの規則 測定して 0 が出る確率は P(0) = |α|2、1 が出る確率は P(1) = |β|2。確率は振幅そのものではなく振幅の大きさの 2 乗。この「2 乗」のおかげで、振幅の符号や位相という「確率に直接は見えない情報」が生まれる。
注意 — 重ね合わせは「中間の値」ではない α = β の重ね合わせは「0.5 という値」ではない。測定すれば必ず 0 か 1 のどちらかが出る。アナログ値を持つのではなく、「まだ観ていないときの世界の重み」を 2 つ持っている — その重みが確率と、後で見る干渉のしかたを決める。

2. ブロッホ球 — 状態を地球儀に置く

α と β は複素数 2 つで実数 4 個ぶん。しかし正規化で 1 個、全体にかかる位相(グローバル位相、後述)で 1 個の自由度が消え、残る自由度はちょうど 2 つ。だから 1 量子ビットの状態は、2 つの角度 θ(緯度方向)と φ(経度方向)で球面上の 1 点として描けます。これがブロッホ球です。

|ψ⟩ = cos(θ/2)|0⟩ + eiφ sin(θ/2)|1⟩ θ: 北極からの角度(0°…180°)— 0 と 1 の配合を決める / φ: 赤道方向の角度(0°…360°)— |1⟩ につく位相
ブロッホ球プレイグラウンド — θ と φ で状態を動かす
白い点が状態。球をドラッグすると視点を回せます。θ = 0° で北極(|0⟩)、180° で南極(|1⟩)。θ を動かすと右の振幅と確率が変わり、φ を回すと赤道方向に回るだけで P(0)・P(1) は変わらないことを確かめてください。
POINT — ブロッホ球の読み方 北極 = |0⟩、南極 = |1⟩、緯度 = 確率の配合、経度 = 位相。赤道上はすべて「0 と 1 が五分五分」の状態で、違いは位相だけ。測定確率(Z 基底)は緯度だけで決まる。
一歩先へ — なぜ θ/2 なのか 数式では cos(θ/2) と、球面上の角度の半分が現れる。直交する |0⟩ と |1⟩(ヒルベルト空間で 90°)が、ブロッホ球では北極と南極(180°)に置かれるからだ。つまり球面上の角度は、状態ベクトル同士の角度の 2 倍になっている。

3. 覚えるべき 5 つの状態

これからのレッスンで何度も出会う「ランドマーク」を先に巡っておきましょう。北極・南極の確定状態と、赤道上の 3 つの五分五分状態です。

代表的な状態ツアー — 5 つのランドマーク
ボタンを押すと矢印がアニメーションで移動します。赤道上の |+⟩・|−⟩・|i⟩ はどれも P(0) = P(1) = 50% — 違いは位相 φ だけ。この「見えない違い」が次のデモの主役です。

4. 位相 — 見えないけれど実在する情報

状態 (|0⟩ + eiφ|1⟩)/√2 は、φ をどう変えても普通の測定(Z 基底: 0 か 1 かを問う測定)では 50/50 のまま。では φ はただの飾りでしょうか? — いいえ。測る「向き」を変えると、φ の違いがくっきり確率に現れます。|+⟩ か |−⟩ かを問う X 基底で測ってみましょう。

位相はどこで見える? — Z 基底 vs X 基底
Z 基底のまま φ を回して「測定 ×100」— ヒストグラムは何度やってもほぼ 50/50。次に X 基底へ切り替えると、φ = 0° でほぼ全部「+」、180° でほぼ全部「−」、90°(|i⟩)では X 基底でも 50/50 になります(φ や基底を変えるとヒストグラムはリセット)。
POINT — 位相は干渉の資源 位相は Z 基底では見えないが、基底を変えれば観測できる実在の情報。量子アルゴリズムは、この位相に情報を刻み、振幅の足し引き(干渉)で答えをあぶり出す。位相を制する者が量子計算を制する(→ レッスン 08)。
一歩先へ — グローバル位相は「ない」のと同じ |ψ⟩ と eiγ|ψ⟩(全体に同じ位相を掛けた状態)は、どんな測定をしても区別できない — 物理的に同一の状態である。意味を持つのは |0⟩ と |1⟩ のあいだの相対位相だけ。だからこそ自由度が 2 つに減り、状態が球面 1 枚に収まる。

5. まとめ

一歩先へ — ブロッホ球は 1 個専用の絵 この便利な球は量子ビット 1 個にしか使えない。2 個以上になると「もつれ」た状態が現れ、個々のビットを 1 本ずつの矢印では描けなくなる(矢印が球の内部に縮んでしまう)。その不思議はレッスン 05・06 で。