量子もつれ — 「積に分解できない」相関の正体
前回、CNOTゲートが作り出した奇妙な状態 (|00⟩+|11⟩)/√2。個々の結果は完全にランダムなのに、2つは必ず一致する — アインシュタインが「不気味な遠隔作用」と呼んだ量子もつれを、生成・測定・検証の3ステップで動かしながら解剖します。
1. ベル状態を作る — H と CNOT の合わせ技
もつれの代表例ベル状態は、たった2つのゲートで作れます。まず1個目の量子ビットにアダマールゲート H をかけて重ね合わせを作り、次に CNOT でその重ね合わせを2個目に「条件つきコピー」する。振幅がどう動くか、1ステップずつ追ってみましょう。
2. 「遠く離れても常に一致」 — 相関を実験する
ベル状態のペアの片方をアリスに、もう片方をボブに渡し、2人を遠くに引き離してからそれぞれ測定させます。振幅は |00⟩ と |11⟩ にしかないので、測定結果は「2人とも0」か「2人とも1」の二択 — 個々の結果はコイン投げのようにランダムなのに、2人の結果は100%一致します。ボタンを連打して確かめてください。
3. もつれ = 積に分解できないこと
「もつれている」の正確な定義は、状態がテンソル積 |ψ⟩⊗|φ⟩ の形に書けないことです。ベル状態で試すと、すぐに矛盾が出ます。
もつれの「見分け方」は、片方の測定結果で条件づけたとき、もう片方の分布が変わるかどうか。積状態なら何も変わらず、最大もつれなら分布が一点に確定します。もつれの強さはコンカレンスという量(0 = 積状態、1 = 最大もつれ)で測れます。
4. もつれで通信はできない
「アリスが測った瞬間にボブ側の状態が決まるなら、超光速で信号を送れるのでは?」— 誰もが一度は考える疑問です。答えはノー。ボブが自分の手元だけを見て得られる統計は、アリスが何をしても一切変化しないからです。
5. EPRからベルの不等式へ — そして応用
1935年、アインシュタインらは「measurement前から結果は決まっていたはず(局所実在論)で、量子力学は不完全だ」と主張しました(EPRパラドックス)。決着をつけたのが1964年のジョン・ベル。「もし結果が隠れた変数で事前に決まっているなら、異なる向きで測った相関には超えられない上限がある」というベルの不等式を導きました。実験(1982年アスペ、2015年の抜け穴なし検証、2022年ノーベル物理学賞)は一貫して不等式の破れ — つまり量子力学の勝ち — を示しています。
もつれは哲学論争の題材から、いまや技術資源になりました。
- 量子テレポーテーション:もつれペア+古典通信2ビットで、未知の量子状態を遠隔地に転送する(状態は移動、超光速ではない)。
- 超高密度符号化:もつれを共有していれば、量子ビット1個の送信で古典2ビットぶんの情報を運べる。
- 量子暗号(E91):盗聴があるともつれの相関が壊れることを利用して、盗聴検知つきの鍵配送を実現する。
- 量子計算そのもの:もつれのない量子回路は古典で効率よくシミュレートできてしまう。もつれは量子スピードアップの必要条件。
6. まとめ
- ベル状態 (|00⟩+|11⟩)/√2 は H → CNOT の2ゲートで作れる。
- もつれの定義:状態がテンソル積 |ψ⟩⊗|φ⟩ に分解できないこと。強さはコンカレンス(0〜1)で測れる。
- 相関の性質:個々の結果はランダム、ペアは完全相関。ただし一致だけなら古典でも再現でき、決定打はベルの不等式の破れ。
- 通信は不可能:ボブ単独の統計はアリスの操作で変わらない。もつれは「超光速電話」ではなく、テレポーテーションや量子暗号の資源。